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大阪地方裁判所 昭和54年(ワ)7709号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

【判旨】

一原告らは夫婦で、原告山岡所有の原告家屋の二階に居住し、昭和五〇年一二月ころから右建物一階で喫茶店を営業していること、被告両会社は、昭和五一年一〇月ころ、原告家屋と棟続きで隣接する被告家屋を賃借し、印刷作業場兼事務所に改造して印刷機械を設置し印刷作業をはじめたこと、原告らが居住している地域は住居地域に指定されていること、被告小俣重雄は被告両会社の代表取締役であること及び被告らは昭和五七年八月末ころ被告家屋を退去したことは当事者間に争いがない。

二<証拠>を総合すると、次の事実が認められる。

1 原告らは、昭和四七年に結婚して以来原告家屋に居住していたが、昭和五〇年一二月右建物一階で喫茶店経営をはじめた。そのころは東隣の被告家屋は空家であつた。被告らは、昭和五一年一〇月ころ被告家屋を賃借し、一階の南側道路に面した部分約11.3平方メートルを被告小俣会心堂の印鑑業及び被告印刷のエースの印刷注文受けの各店舗に、一階のその北側部分約43.5平方メートルを被告印刷のエースの印刷作業場に、二階を被告両会社の事務所に改造し、被告印刷のエースは、印刷作業場に南側から紅羊社エクター(以下、エクターという。)ハマダスター九〇〇、二台のハマダスター七〇〇、日活コメットの合計五台の印刷機械及び北西角に手動の製版機を配置して印刷作業をはじめた(当時の被告家屋一階の状況及び印刷機械配置は別紙図面1のとおりである。)右各印刷機械のうち、エクターは自動車のプレートナンバーなどを刷る特殊な機械で、平版の上に紙を乗せその上をローラーが横に通過して印刷する仕組になつており、被告印刷のエースはエクターを封筒の印刷に使用していたが旧型で印刷スピードも一時間に一〇〇〇枚程度しか刷れず、モーターの他にピストンがあるためピストンの上下にともなう振動及び音が発する機械であつた。ハマダスター九〇〇は各種挨拶状の印刷、二台のハマダスター七〇〇は年賀状のカラー印刷に使用されていたが、いずれも新型の機械でモーターによつて版の入つたローラーともう一つのローラーが回転し、その間を紙が通過して印刷するもので一時間に七〇〇〇枚程度の印刷ができるが、仕上りをきれいにするため一時間四〇〇〇枚位を印刷する程度のスピードで運転されていた。ハマダスター九〇〇、同七〇〇は縦方向の振動はなく、ローラーが回転する際自動車のエンジン音のような音がするが、その大きさは運転中でも作業場内で普通の話し声で会話ができる程度のものであつた。日活コメットは旧型の機械であるが全く使用されたことはなく、手動製版機はハマダスター九〇〇の版を作るもので手で押す際ゴトゴトという音がするが、一日三時間程度使用されていた。被告小俣重雄は、印刷作業場に右印刷機械を設置するにあたり、印刷作業の経験の深い従業員らの指導により、振動、騒音対策として、機械を置く床下に機械間の振動、騒音の共鳴を防ぐため機械毎に別々に、大きい機械については四〇ないし四五センチメートル、小さい機械については二五ないし三〇センチメートル程度の厚さにコンクリートを打ち、その上にモルタルを塗つて板を張り各機械を設置した。

2 被告印刷のエースが営業をはじめた昭和五一年一一月ころから、原告らから被告らに対し、印刷作業の際の振動、騒音、臭気、夜間の荷物の出し入れや二階の事務所の荷物の積みおろし、歩行の際の足音等について苦情が申立てられるようになり、被告小俣重雄の父が応対していたが、原告らが納得するには至らなかつた。被告らは、そのころ、原告らから、原告家屋の電球が切れやすくなつた旨の苦情申入を受けて関西電力に調査を依頼したところ、原告ら方と被告ら方の配線が別々になつているので印刷機の稼働と原告ら方の電灯は関係がないとの返答であつた。

3 原告らは、昭和五一年一一月ころから昭和五二年三月ころまで、被告らに対し十数回にわたつて苦情を申立てたが納得のいく回答が得られなかつたため、同月一七日、阿倍野保健所に振動、騒音の苦情を申立てたところ、同保健所は、同年四月五日から同月一四日まで、原告ら方に騒音自働測定機を設置して、被告印刷のエースの印刷機械稼働時の騒音、振動測定を行つた結果、騒音につき五〇ホーンないし六〇ホーン、時には七〇ホーン近い数値が測定され、振動については0.2mm/secないし0.4mm/secの値が測定された。そこで、同保健所は、同月二〇日、被告らに対し、被告家屋の存する第二種住居専用地域の騒音排出基準は午前六時から午前八時までは五〇ホーン、午前八時から午後六時までは五五ホーン、午後六時から午後九時までは五〇ホーン、午後九時から翌日の午前六時までは四五ホーンであり、被告印刷のエースの作業時の騒音は右基準を超過しているので防音対策をたてることと、印刷機械設置の届出を行うことを指導し、同月二一日、被告らに対し防音対策施工業者を紹介した。同保健所は、同年五月一〇日から同月一二日まで再度原告ら方に騒音自働測定機を設置して被告印刷のエースの作業時の騒音を測定したところ、五五ホーンから六〇ホーン、時には七〇ホーン近い測定値が得られたので、同月一一日、被告小俣重雄に対し、早急に防音対策をたて同保健所に連絡するよう重ねて指導した、振動については、基準値は0.5mm/secであるところ、被告印刷のエースの作業時の振動は測定当初から基準値内であつた。

一方、原告らは、同月一〇日、被告小俣会心堂あてに書面で、原告らは、被告印刷のエースの作業時の印刷機械による振動、騒音等に悩まされ有形、無形の損害を蒙つていること、日曜日、祝日にも仕事を休まず、時には終夜作業を行うため体を休めることもできないこと、印刷工場について所定の届出もなされていないので、原告らは被告らの印刷作業の停止、移転を希望するとともに被告らに対し損害賠償の請求も考えているので、これについての被告らの意向を一〇日以内に回答して欲しい旨申入れた。

被告印刷のエースは、保健所からの指導及び原告らの申入れにより、同月一二日、大阪市長あてに大阪府公害防止条例三八条による届出施設設置の届出を行うとともに、取引先との関係で従来木曜日を休業日としていたのを日曜日に改め、同月中旬ころ、フネン材工業に対し、防音工事を依頼しその旨保健所に連絡するとともに、同月一九日、原告らに対し、書面で、所定の届出を行つたこと、被告印刷のエースの機械は四分の一馬力で消音機付の最新型機で、操作員も二名と小規模の営業であるから振動、騒音も少いと思うがいつでも立入検査を拒まないこと、稼働日数は一か月のうち半分位で日曜日は休業すること、就業時間は午前一〇時から午後六時までと定めているが、午後六時以降作業を行うときは前もつて原告らの了解を得ること、振動、騒音について早急に対策を講ずること及び原告らの器物破損等の損害は弁償するが移転は考えていない旨の回答をなし、以後、昭和五三年のはじめにエクターを撤去するまでは、右回答に従つて午後六時以後に印刷作業を行う際、時々失念することもあつたが多くは事前に原告らに申出をなしていた。

4 フネン材工業は、同月三〇日から防音工事を開始し、被告印刷のエース作業場と原告家屋一階喫茶店々舗との仕切の壁及び作業場の天井に吸音材、遮音板、吸音板等を設置する等の工事を行い、同年六月六日、これを完了し、エクター及びハマダスター九〇〇を同時に運転して振動、騒音を測定した結果、原告ら方一階喫茶店カウンター付近において、騒音は四一ホーンないし四八ホーン、振動は0.2mm/secといずれも基準値内の測定値が得られた。被告印刷のエースは、フネン材工業に対して右工事代金六三万二五〇〇円を支払つた。原告らは、右工事後もしばしば阿倍野保健所に苦情を申立て、同保健所はその都度被告印刷のエースの作業場の騒音、振動を調査したがいずれも基準内であつた。<以下、中略>

三原告らは、被告両会社が印刷業を行うにあたつて、振動、騒音、臭気を発生させ、原告らに対し精神的損害を与えたので、被告らは原告らに対して不法行為責任に基く損害賠償義務がある旨主張し、前記二認定の事実によれば、被告印刷のエースは印刷作業過程において騒音等を発生させ、棟続きの隣家に居住する原告らに対してある程度の悪影響を与えたことが認められるところ、それが不法行為として被告らに損害賠償責任を生ぜしめる程度の違法性を有するか否かは、右騒音等の程度が客観的にみて一般社会生活上受忍すべき限度を超えたものかどうかによつて決せられるので以下この点につき判断する。

1 <証拠>によれば、次の事実が認められる。

(一) 原、被告ら家屋は、東側のあびこ筋から西側の庚申街道に至る間に東西に通ずる商店街に存し、右商店街中には本屋、風呂屋、運送店、食堂等の店舗が軒を並べ、被告印刷のエースのほかにも二軒の印刷屋が存する。

(二) 原、被告らの家屋は、木造瓦葺二階建一棟二戸の建物で、両家屋は一重の壁で東西に仕切られており、被告家屋は東側及び南側が道路に面した角家である。原告家屋の一階は喫茶店々舗、二階は原告らの居室、被告家屋の一階は被告両会社の店舗及び被告印刷のエースの作業場、二階は被告両会社の事務所として使用されているが、その間取、位置関係等は別紙図面2のとおりである。

(三) 当裁判所の検証時において、被告印刷のエースの印刷機械三台を同時に作動した場合は、モーター及びローラーの回転音、印刷機内を紙が移動する音等の騒音が発生するが、作業場内において通常の会話が困難な程の騒音ではなく、原告家屋内においては右騒音はほとんど感じられず、振動については被告印刷のエース作業場内においてもほとんど感じられない程度のものであつた。また、臭気については、外部より作業場に入つた当初はインキの臭いが感じられるが短時間で慣れ、その後はインキの臭いはほとんど感じなくなる程度のものであつた。機械洗滌の際、キリュウ油からはほとんど臭気は感じられないが、ガソリンを塗布した時揮発性の臭気が感じられた。しかし、原告家屋内においてはインキ等の臭気は特に感じられなかつた。右のように認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

2 ところで、人が社会生活を営むうえで、それが日常生活上必然的に発生する音であれ、工場の機械音等営業活動にともなつて発生する音であれ、楽器の練習音等個人的趣味により発生する音であれ、近隣からの何らかの騒音の影響を受けることは不可避なのであるから、その影響を受ける人にとつて不快な騒音等が発生したことから直ちにそれが不法行為に該当し損害賠償責任を生じさせるものということはできず、当該騒音等が客観的にみて社会通念上円満な社会生活を営むにつき受忍すべき限度を超えたものと認められる場合にはじめて違法性を帯び、不法行為となるものと解すべきであり、右受忍限度を超えるものか否かは、当該騒音等の性質はもとより騒音等の程度、騒音等によつて害される利益の性質と内容を比較検討するほか、右騒音等の発生とその後の継続状況、その間にとられた被害防止に関する処置の有無及びその内容、実効性、騒音等を発生させている者と被害者の関係及び交渉経過等の諸事情をも考慮のうえ、これらを総合的に勘案して決すべきものである。

これを本件についてみるに、<証拠>によれば、被告らは、被告家屋を借受け印刷業をはじめるにあたつて、被告小俣重雄の親戚の者を原告ら方に挨拶に行かせたが、被告らの営業内容等は原告らに告知せず、原告らは印刷機械が稼動してはじめて被告らの営業内容を知つたことが認められ、また、前記二認定の事実によれば、被告印刷のエースは、一時は印刷作業を行うに際して排出基準を超える騒音を発生させており、繁忙期にはかなり夜遅くまで連日にわたり印刷作業を行つていたもので、原告らはこれによりある程度の精神的苦痛を蒙つたことが認められる(原告らは、被告両会社の作業による振動、騒音により壁にひび割れが生じ、喫茶店内の棚にずれが生じる等の物的損害を蒙つた旨主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。)。しかし、前記二、三1認定の事実によれば、被告印刷のエースが印刷作業を行う際に印刷機械から発する振動は当初より排出基準内であり、当裁判所の検証時に三台の印刷機械を同時に稼動させた場合でさえ、これによる振動は原告ら方においてはもとより被告印刷のエース作業場においてもほとんど感じられず、他に、右印刷作業中にこれ以上特に強い振動があつたことを認めるに足りる証拠はないから、印刷作業中の振動は極めて軽微なものであることが認められ、また、臭気については、被告印刷のエースの印刷作業において使用するインキ及び印刷機械洗滌に使用するガソリンからそれぞれ臭気が発生するところ、インキの臭いについては、外部から印刷作業場内に入つた時多少感じられるが短時間で慣れ以後は臭いを感じなくなる程度のものでそれ程強い臭気ではなく、ガソリンの臭いについては、機械洗滌時の塗布の際一時的に相当の臭気が発するが、ガソリンの使用量は少なく使用時間も短時間であるから臭気が長時間にわたつて継続して存続するものではなく、機械洗滌後の油等は通常はウェスに吸収させ塵芥として投棄されており直接下水等に流されることはないし、右作業場においては、作業中は常時、作業終了後もしばらくの間は二台の換気扇を使用して臭気等を戸外へ排出させており、当裁判所の検証においても原告ら方からインキ及びガソリンの臭いは全く感じられなかつたものであるから、右印刷作業中発生する臭気は極めて軽微なものであることが認められる。したがつて、振動及び臭気についてはもともと量的に軽微なものであり、原告らに対してその生活利益を侵害し精神的苦痛を与えるほどのものとは認められず、振動及び臭気により原告らが何らかの不快感を覚えたとしても右は社会生活上受忍すべき範囲内であるというべきである。

そこで、次に騒音について検討するに、被告印刷のエースが印刷作業によつて発生させる騒音によつて原告らがある程度の悪影響を蒙つたことは前判示のとおりであるが、他方、前記二、三1認定の事実によれば、原、被告ら家屋が存する地域は、第二種住居専用地域に指定されているとはいつても商店街で人通りも多く、近隣には運送屋、風呂屋等のほか二軒の印刷屋もあり営業活動にともなう騒音の発生が多い地域であること、被告らは印刷機械設置をするに当つては経験者の指導によつて一応の防音対策を講じ、さらに、印刷作業開始半年位の間に、原告らの苦情申入や保健所の指導に応じて相当な費用をかけて防音工事を行つた結果、騒音はかなりの程度減少して排出基準以下となり当裁判所の検証時においては原告ら方ではほとんど騒音が感じられない程度であつたこと、被告印刷のエースは仕事の関係上夜間も印刷作業を行うことがあつたが、それは一一月から一二月中旬ころまでの注文の多い期間に集中し、その他の月は残業も少なく仕事量も減つて印刷作業時間も短かかつたこと、被告らは、印刷業開始当時から被告家屋を退去するまで、度重なる原告らの苦情申立に対し、原告らとの隣人関係を円満に維持していくため、原告らの要求にできる限り応じ、休業日を変更したり、印刷機械を一部入れ替え、換気扇を増設する工事を行う等騒音につきこれを改善するため誠実に努力を重ねていたのに対し、原告らは被告らの右努力を全く評価せず、被告らの営業上の都合も一切顧慮することなく、もつぱら自己の利益のみに拘泥して執拗に苦情を申立てていることなどの事情が窺われること、また、被告小俣重雄本人尋問の結果によれば、原告柿本は、昭和五三年一二月ころには刃物を携帯し、酒に酔つて被告家屋の二階事務室内に土足で上り込み営業時間等について苦情を申出たことが認められる。

右諸事情を比較検討して総合的に考察すると、被告印刷のエースは、当初は印刷作業過程においてかなりの騒音を排出し一時的には原告らに悪影響を及ぼしたことはあつたが、右悪影響は比較的短期間のうちに改善され、その後は騒音の量も原告らにほとんど影響を及ぼさない程度に減少したものであり、その他被告印刷のエースの営業開始時から移転までの原告らと被告ら間の交渉経過、原告らの申入に応じて被告印刷のエースの講じた諸対策等をも考慮すれば、被告印刷のエースが排出した騒音の程度は客観的にみて社会生活上受忍すべき範囲内のものであつたというべきであり、被告らが一時期基準値を上まわる騒音を排出し、その間原告らがそれなりに苦痛を蒙つた点も、その期間及び程度からすると、被告らの改善工事さらには被告らが被告家屋での印刷事業をやめ、同家屋を立ち退いたこと自体によつてすでに慰藉されたものと認めるのが相当である。

四よつて、原告らの本訴請求はその余の点につぎ判断するまでもなく理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(山本矩夫 朴木俊彦 荒井純哉)

図面<省略>

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